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2010年7月12日 (月)

与野党を超え、タブーなき外交・安保論議を

 (7月9日、Infoseek掲載)http://opinion.infoseek.co.jp/article/937

 鳩山政権の対米政策の失敗を経て、民主党と自民党の外交政策における差異は、文言上の違いは若干残るとしても、実体としては殆どなくなったと言ってよい。現実に民主党と自民党のマニフェストを比較しても、第1に記述してあるのは「日米同盟の強化」であり、全体として流れている考え方にも大きな違いはない。

 そのこと自体を積極的に評価する訳ではないが、もともと日本が外交の基本政策で現実的に選択しうる余地は殆どないと言っても過言ではない。相手のある外交政策には政権が交代しても継続性が必要であり、とりあえず落ち着くところに落ち着いたと言えよう。

 しかしながら両政党の外交政策には、日本の成長戦略を組み込み、テロ、貧困や環境問題など包括的な観点から、日本の外交・安全保障を積極的に切り開いていくようなビジョンが感じられない。

 既に国際社会では、その一員としての日本の政治的存在感はほとんどなくなっている。日本の置かれている状況を考えれば、政府として普天間基地問題を解決し、日米関係がとりあえず良好になればいいという状況には全くないのである。

 鳩山政権は、我が国の外交・安全保障の一番の基軸である日米関係でつまずき、外交が立ち行かなくなった。その失敗の原因は、「緊密で対等な日米関係」のとらえ方にあったのではないか。もともと主権国家である日米両国は対等なのであって、お互いに言うべきことを言うというのは当然である。

 しかし日本が「両国は対等なのだから」という発想だけで対米協議に臨むなら、米国としても言い分は色々あり、良好な関係構築に向けた建設的な議論にはなりにくい。今参院選の民主党マニフェストにある「緊密で対等な日米関係を構築するため、日米地位協定の改定を提起します」という表現にも、これまでの姿勢が如実に表れており、米国の民主党政権への懸念は完全に消えている訳ではない。

 国としては「対等」であっても、日米の歴然とした力の差は存在するのであって、残念ながら日米は「平等」ではない。またそこには鳩山氏が抱くような高邁な理想が通じない政治の現実が立ちはだかる。

 

 鳩山政権は、国際情勢を踏まえた日本の国益と自らの実力を深く考えず、野党時代の発想を外交の現場にそのまま持ち込んだと言われても仕方がない。何故ならば政治とは結果責任であり、鳩山政権はオバマ政権のみならず、日本の有権者、とりわけ沖縄県民の信頼までも失ったのである。

 しかし問題はもっと複雑で根深いのだ。確かに鳩山首相のリーダーシップに問題があったことは事実だが、そこには我が国が抱える本質的な問題が隠されている。その本質には目をつぶって、相変わらず首相の首をすげ替えれば問題は解決するかのようなメディア的発想から抜け出せずにいる。菅政権もとりあえず時間を稼いでいるだけで、このままでは恐らく同じ過ちを繰り返す可能性は強い。

 本質的な問題とは何か。それは何の為に犠牲を払ってでも普天間基地を辺野古沖に移設するのかという根源的な問いであり、自民党を含めて歴代の政権はそれに対して明確に答えていないのである。政府がその答えを出さずして、沖縄県民が納得できるはずがない。

 普天間基地の辺野古沖への移設に関し、信念を持ってその必要性を感じている政治家はどれだけいるであろうか。菅政権としても、とりあえず日米関係は重要なので、鳩山政権の失敗を踏まえ、新たな日米合意に基づいて仕方なく基地を沖縄県内に移設せざるを得ないという発想から抜け脱していないのである。今のままでは、これからも同じ問題が繰り返されることになろう。

 戦後、日本は日米安保の下で幸運にも目覚しい経済発展を遂げ、平和で安定した生活を65年間も謳歌してきた。その中で新たな犠牲を伴う安保議論は難しい。言い方を変えれば、大幅な財政黒字の中で将来の支出に備えて増税を提案するようなものだ。

 しかし何故、平和が今日まで保たれてきたのか、これからの日本の安全を守るために我々は今、何をなすべきなのか、その原点に立ち返り、新たな痛みも排除せず緊迫感をもった本音の議論を展開しない限り、普天間基地問題のスッキリした解は見出せないだろう。つまり今、日本に問われているのは、タブーなき日本の外交・安全保障に関する真剣な議論であり、国際情勢のリアリティーにどれだけ近づけるかなのである。

 世界では、金融危機の傷がいまだ癒えず、民族・宗教の対立による紛争やテロが多発し、深刻な貧困や人権問題等を抱え、以前よりその情勢は不安定化していると言えよう。その中で、政府はいかに日本を守り、世界の平和と繁栄に貢献できるのか、大きな課題を背負っている。

 今回もこれらの問題は参議院選挙の争点にはならなかったが、「本当の痛み」を感じる前に、ここは参院選後の与野党を超えた真摯な議論を期待したい。なぜならば政治家が本気にならない限り、すべての問題は解決しないからである。

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